着物を左前に着るのは縁起でもない
エリが左前だというと、左側のエリが前に出るものと誤解しやすい。
左前とは、実は左側のエリが肌につくこと、つまり右側のエリが外に出ることをいう。和服は右前が基本。なによりもこの形だと、右手で懐に入れたものをとり出しやすい。一方、死んだ人間を葬るときには、経帷子を左前に着せてやる。
死者を生者と区別するために行うことだが、これは同時に生き返るのを防ぐためでもあった。着物を左前に合わせて着るのは死者の死装束ときまっていたわけである。
だから、日常着物を左前に着るのは忌み嫌われたのだ。孔子の言葉には、もし周の国が滅びてしまったら〝おかっぱ頭に左前着物〟の東夷の風俗にさせられてしまっただろうといって、周の政治家管仲をたたえるものがある。
日本の古墳からも、かつて左前に着物を着た埴輪が数多く出土された。日本にも左前の風習があったのかもしれない。
だが和服の基本はやはり右前である。なお俗に言う〝左前〟は、世事に失敗し、財産が傾くことを表わす。財が傾くことは、死を目前に感じることなのか、いずれにしても不吉な意味合いで用いている。
また、お釈迦さまが着て寝ている着物もどういうわけか左前。品物を作りそこなったり、モノを駄目にしてしまったりしたときに、〝オシャカになる〟という。左前とはあまり縁起のよいものではないらしい。